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蓮見舟
蓮見舟詳細・予約などは手賀沼の小池(04-7182-1015)にお問い合わせください。

 蓮の道   文:小池 勇さん(手賀沼の小池 経営)
 蓮の花は開いて閉じて、又開いて4日間咲きます。

 最初の日は、朝5時ころ半開きの形で可憐でピンク色も濃く、昼頃閉じて、2日目に全開で、蜂が飛ぶと言って蜜が多く香りもよく一番形が美しい。3日目には、朝のうちは2日目と変わり無いが、昼近くになると少し形がずれて白っぽくなり昼過ぎに閉じる。4日目はピンクの色が薄れ、花托(ハチス)の色も黄色から黄緑になり大きくなってきます。風など吹いていると、昼頃には花びらが葉の上、水の上に「ちりれんげ」となって花托と雌しべが残ります。

 私が蓮の案内をはじめたのが昭和60年で、俳句や短歌の人たちに、蓮の中に「舟で入って蓮の情景を歌に詠みたい」と依頼されてからだった。丁度、片山の深山克己さん(手賀沼漁協・深山組合長のお兄さん)が市川市の短歌会に入っており、時折り自分の船で何人か乗せて蓮の中に入っている事も聞いていたので、蓮についての話し等まとめて案内をはじめた。

 現在は広さが12ヘクタール程あるが、当時はこの3分の2くらいだったか。蓮の中には魚が多く、クチボソ、手長えび、藻えびといった佃煮にする小魚が漁れるため、漁をしている5〜6人の人達が、エリ(襟)と呼ばれる網を蓮の中に何統か仕掛けて、朝晩引き上げる為、水路が出来る。漁師の水路は奥までは行かず、手前で行き来している状態だったので、もう少し奥まで入ったら面白そうだと思い、釜で葉っぱを刈って道を作り案内した。

 蓮の葉をかき分けて船が進む臨場感は爽快で、時折り蓮の葉から水がこぼれ落ちる様と、葉陰に凛としたピンク色の蓮華の気高さ、花弁に包まれたほのかな黄色のハチスに花蜂が飛び交い、暑い中ではあるが、ハスの葉の香りが何となく漂っている様は、無限の境地と想わせる心良い情景だ。

 4〜5日通らなければ新しい葉が生えて水路が無くなる。これを歌に詠んでもらえればと何回か道を作った。蓮の群生地が小規模な頃から、網が仕掛けられていた訳だから、当然古い網が残っていてプロペラにからむ。取り除くのも道具が無ければ無理で、忘れてきた時など大変であった。

 ハチスはハスの語源で、インドの梵語でウテナと言って、お釈迦様の座る台という意味だそうだが、私の友人で昔「欣ちゃんのどこまでやるの」の舞台装置を作っていた古屋敷氏が、蓮が好きで近くのお寺の住職につけてもらった名前が「パドマ工芸」で、このパドマも梵語らしい。

 ハチスは青いうちは上が平らで、段々と茶色になり、反り返って種の入っている穴が大きくなり、その後黒色になり、黒い鉄砲玉のように丸い種をはじき飛ばすのである。

 色々と調べたりしているとハテ?と思うこともあるが、童謡に「ひらいた、ひらいた、なんの花がひらいた、レンゲの花がひらいた、ひらいたと思ったら、いつの間にかしぼんだ」があるが、この「レンゲの花」は畑のレンゲ草ではなく、蓮華の花、ハスの花を歌ったものだと気付くのである。

 皇室に献上する織物がある。葉の茎から引き出す「はすいと」は藕糸(ぐうし)と言い、京都では曼荼羅を紡ぎお寺に奉じているという。紡ぐ時は絹糸も一緒に使うらしい。奈良時代に観蓮というハスの花を観賞する宴が宮中で催され、「蓮葉の宴」と称され、この観蓮でよく行われるのが「象鼻杯」で、葉の中央に穴を開け、長い葉柄の切り口をくわえ、盃状になっている葉の中に冷酒を注ぎ、葉柄を通して味わうのである。

 ハスにまつわる話はつきないが、平成8年に沼南に蓮観桟橋ができた。広い蓮の群生地は素晴らしく、桟橋では味わえない船で行く蓮の道は、手賀沼の自然を彩る夏の風物詩である。