金沢大学教養部の入り口だった石川門

 「りくつな」の言葉

 テレビを見ていたら美川町のフグ漬けが映った。工場の中で、おばさんたちがたくさんのフグを水洗いしている。「水は冷たくて大変でしょう」との問いに、おばさんたちは「この水は寒くなるとあったかくなり夏は冷たくて、りくつなもんやわいね」という。きっと井戸水なのだろうが、私は「りくつなもんやわいね」の言葉にひとりふき出した。

 いつぞや大学を卒業する息子の友人が下宿を引き払って故郷へ帰る前日にわが家に一泊た際、「下宿のおばさんからりくつな学生さんがいたら世話してはしいと頼まれてたけどりくつな人ってどんな人なんだろう」と問われて私もハタと困ったことを思い出す。

 美川町のおばさんの「水はぬるくて、りくつなもんやわいね」のくだりは金沢市や石川郡を中心にした方言だろう。方言が薄れて行く昨今、「りくつな」の言葉は漠然としながらも、どこか重宝な言葉のように思われる。仲人さんは「りくつな娘(こ)がいたら頼むね」、珍しいおもちゃを見れば「りくつなおもちゃね」、面白い所へ行けば「りくつな所へ行って来たわいね」などという。

 「理屈」は辞書には「すじみち」「ことわり」「がんこに言い張る」とあるが、「りくつな人」は善良さ、器用さ、機知などいろんな意味をもっている。されば、私も「りくつなおばさん」と自己評価しているのだけど、美川町のおばさんたちもフグを洗いながらさぞ「りくつな話」に花を咲かせていることだろう。

(日々のうた、昭和五十九年十一月、七十六歳)

 同級生の高田敬輔さんが「おふくろの随筆集を作ったら、君のことが書いてあったよ」と言って贈ってくれた。いただいた高田ミツエさん著「白百合の記」という随筆集には、長い人生の折に触れての記録がたくさん詰まっていました。

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