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いよいよ手術室に向かう。悟ってしまえば不思議と不安感はなかった。


  私の体内で動いているのと同型の直径25mmの人工弁  一関在住だった2000年2月末、大動脈弁閉鎖不全症だと判明し、我孫子市に戻ってからは順天堂循環器内科で鈴木先生に診察していただいていた。この一年で症状が進行し、体力がある内に手術した方がいいとのことで、大動脈弁置換術を受けた。

主治医高沢先生の手術前の説明  10月10日に入院し、15日に順天堂胸部外科で手術を受け、11月10日に無事退院した。手術を受ける覚悟ができたら穏やかな気分になれたことと、事前に主治医の高沢先生から手術についての詳しい説明を受け、不安な気持ちもなく手術室に入ることができた。病室で麻酔の予備の注射をされ、ストレッチャーに乗って手術室に入る直前まで家族に記録写真を撮ってもらった。手術室に入り、目の前にある照明器具を見ながら、「眠くなります」と聞いた瞬間から記憶はない。

手術が終わり集中治療室に戻った直後。
家内が面会に来たがまだ麻酔から覚めていない。  気がついたのは翌朝、「手術は終わったんだ」と思って、両足の指を動かしてみた。動いた。次は手の指、そして首を少し左右に振ってみて、「大丈夫だ」と思い、今度は片目ずつつむって、両眼が見えることも確かめてみた。「また写真を撮りに行ける」と思った。

 呼吸が苦しい。人工呼吸器と自分の呼吸のタイミングが合わないらしい。朝の写真撮影で知り合いになった遠藤さんの「いったん呼吸を止めて、人工呼吸器に合わせて呼吸すればいい」との言葉を思い出した。14年前に大動脈弁置換術を受けた遠藤さんの経験談も、手術を受けるに当たって心強かった。

 麻酔は手術日の夜に覚め、気管に呼吸器の管が入っているため苦しくて暴れたそうだが、全く記憶がない。逆行性健忘になる睡眠薬を注射したのでその直前のことは忘れてしまったのだそうだ。たとえ短い時間でも、苦しかった記憶がないのはありがたい。

切り取った大動脈弁。
弁には穴が空いていたり、
網目のように薄くなっていた。  集中治療室にいる間は、時間と私がメモするようにお願いしたことを看護婦さんや今清水先生に記録していただいた。手術直後集中治療室に戻ってまだ麻酔が覚めない時や、切り取った弁の写真を手術に携わった先生方に撮っていただいた。17日午後には一般病棟に戻り、退院までの間に今回の入院期間の記録を整理したので、いずれ体験談をホームページに掲載したいと思っている。

元気になって退院。
 今回の手術に当たって、高沢先生、山本先生、針谷先生、土肥先生、今清水先生、看護婦さんたちに大変にお世話になった。おかげで11月24日から自宅すぐ近くの高台で、朝の手賀沼の撮影も始めた。29日の朝焼けはいつになく美しく、一緒に撮影していた同じ手術体験者の遠藤さんから、「こんなきれいな景色を見ると、生きていてよかったと思うよね」と言われたが、まさに同感。日々体力が回復し、再びカメラをもって撮影に出られることを幸せだと感じた。日々の手賀沼の姿を「手賀沼有情」に掲載し始めたが、リハビリのつもりだった手賀沼撮影にすっかりはまりこんでしまった。