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空撮一関  新幹線一ノ関駅を望む

 古くから岩手県南、宮城県北の中核都市として発展してきた一関市は、人口63,000人余の豊かな自然に恵まれたまちです。仙台から東北新幹線で三駅目、近くには、中尊寺、毛越寺、厳美渓、猊鼻渓といった観光地もあり、岩手県の南の玄関口です。

 市制施行は昭和23年。一関町、山目町、中里村、真滝村が合併して一関市になった一次合併で、面積約は90平方キロ、人口は約35,000人になった。
 昭和28年に「町村合併促進法」が公布され、それを受けて、昭和30年に厳美村、萩荘村、舞川村、弥栄村が合併した二次合併で今日の一関市が誕生した。面積は約410平方キロと約4倍以上に拡大し、人口も57,000人に増えたが、規模拡大とともに借入金額も増加した。

 終戦直後の昭和22年、23年にカスリン・アイオンと、2年続きで大きな台風が来襲し、壊滅的な被害のあった一関地方は道路、橋梁、耕作地の復旧工事が続き、各自治体が負債を持ち寄った合併でもあった。しかし、希望を失わない市民のたゆまぬ努力によって、一関は奇跡的な復興を遂げた。そして、平成10年に一関は市制50周年を迎えた。

 歴史と文化・伝統に培われ、美しい自然と素朴で暖かい人々が住むまちにも、経済のグローバル化、少子高齢化、価値観の多様化、急激な情報化と時代の波が次々と押し寄せ、新しい時代への変革をせまられている。

 21世紀を迎え、快適で安全な生活や、広域的な連携と交流を持つまちづくり「うるおい」、豊かな自然と調和をはかりながら、市民の誰もが暮らしやすいまちづくり「やすらぎ」、生涯にわたり、学習活動や芸術文化に親しめるまちづくり「ゆとり」、市民が健康で、心をふれあい安心して生活できるまちづくり「ぬくもり」、特性を活かしながら産業の高度化をはかり、人、ものの交流を活発化させるまちづくり「にぎわい」のキーワードを掲げ、活力ある一関のまちづくりへの挑戦が始まった。

 間近に迫った合併問題も、いったんは新市名「平泉市」でまとまったかと思われたが実現せず、新たな枠組みで新しい「一関市」が誕生することになった。